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ミトコンドリア酵素の阻害剤による新しい抗がんメカニズムの発見
―がん組織の特徴を利用した新しいがん治療の可能性―

微生物化学研究所 川田 学

Yoshida, J., Ohishi, T., Abe, H., Ohba, S., Inoue, H., Usami, I., Amemiya, H., Oriez, R., Sakashita, C., Dan, S., Sugawara, M., Kawaguchi, T., Ueno, J., Asano, Y., Ikeda, A., Takamatsu, M., Amori, G., Kondoh, Y., Honda, K., Osada, H., Noda, T., Watanabe, T., Shimizu, T., Shibasaki, M., Kawada, M.
Mitochondrial complex I inhibitors suppress tumor growth through concomitant acidification of the intra- and extracellular environment.
iScience 24:103497 doi:10.1016/j.isci.2021.103497 (2021).
https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(21)01468-1


[研究の背景]

固形腫瘍の組織内はがん細胞だけではなく、様々な細胞、細胞外基質や代謝物が存在しており、このがん細胞を取り巻く環境は腫瘍微小環境と呼ばれ、がん細胞の増殖に重要な働きを担っています。腫瘍微小環境の構築には特に、がん細胞と間質細胞の相互作用が重要であることが以前から知られていましたが、この相互作用を利用した抗がん剤についてはこれまで知られていませんでした。本研究グループでは、このがん細胞と間質細胞の相互作用を化合物によって調節してがん細胞の増殖を抑制できないかと考え、intervenolin(ITV)を見出しました。ITVはがん細胞と間質細胞を共培養した際にがん細胞の増殖を強く抑制する活性があることから、ITVは間質細胞存在下で細胞外環境を変化させてがん細胞の増殖を抑制するという抗がんメカニズムが考えられました。

[研究の結果]

本研究グループは、ITVの活性を評価し(がん細胞パネル:分子プロファイリング支援)、ITVがミトコンドリアcomplex Iの阻害剤であることを明らかにしました。さらに、ITVと他のcomplex I阻害剤を用いて共培養実験を行ったところ、ITVだけでなく他のcomplex I阻害剤も間質細胞存在下でがん細胞の増殖を強く抑制する活性があることがわかりました。ITVを処理した細胞の代謝を解析した結果、酸化的リン酸化経路が抑制されて解糖系が亢進し、乳酸の産生が増加していることがわかりました。また、低pH条件でcomplex Iを阻害すると、GPR132のシグナル下でPP2AによりS6K1の脱リン酸化が促進されることを突き止めました。このPP2AによるS6K1の脱リン酸化には、乳酸蓄積による細胞内の酸性化も重要であることがわかりました。

以上の結果から、ITVや他のcomplex I阻害剤は、酸化的リン酸化経路の阻害により乳酸代謝の変化を介して細胞内外の酸性化を同時に誘導し、がん細胞の増殖を抑制することがわかりました。がん細胞は解糖系が元々亢進しており、酸化的リン酸化経路は抑制傾向にあることが知られていますが、酸化的リン酸化を主にエネルギー産生に利用している間質細胞では、complex I阻害剤処理した際の乳酸分泌ががん細胞よりも多いことがわかりました。これにより、complex I阻害剤は間質細胞存在下で抗がん活性を発揮したと考えられます。

さらに、本研究グループは膵がんのPDXマウスモデルを用いて、ITVの抗がん活性評価を行いました。この結果、ITV投与したマウスではコントロールと比較して有意に腫瘍の増殖が抑制されることがわかりました。この実験結果から、complex I阻害剤は膵がんの治療に応用できる可能性があります。

[今後の展望]

がん細胞の特徴の一つとして、解糖系が更新していることがよく知られています。このため、がん細胞は正常細胞に比べて乳酸の分泌が多く、固形腫瘍では元々pHが低くなっています。今回、本研究グループが発見した、complex I阻害剤の抗がん活性は低pH条件でより効果が強くなることから、固形腫瘍の酸性条件はcomplex I阻害剤の標的として適していると考えられます。また、間質細胞が多い腫瘍微小環境ほどcomplex I阻害剤の抗がん活性が期待できることから、これまで効果的な治療法が確立されていなかった膵がんの治療に対しての応用が期待されます。以上のことから、本研究グループが発見したcomplex I阻害剤の新しい抗がんメカニズムは、これまで行われてきたcomplex I阻害剤の創薬研究に革新をもたらすことが期待されます。また、本研究グループが単離したITVについては、抗がん剤創薬を目指して研究開発を継続しています。

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