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  5. オルガノイド培養技術による膵臓希少癌細胞株の樹立

オルガノイド培養技術による膵臓希少癌細胞株の樹立
患者由来がんオルガノイドとしての膵腺房細胞癌細胞株HS-1の樹立

千葉県がんセンター研究所
筆宝 義隆

Hoshi D, Kita E, Maru Y, Kogashi H, Nakamura Y, Tatsumi Y, Shimozato O, Nakamura K, Sudo K, Tsujimoto A, Yokoyama R, Kato A, Ushiku T, Fukayama M, Itami M, Yamaguchi T, Hippo Y.
Derivation of pancreatic acinar cell carcinoma cell line HS-1 as a patient-derived tumor organoid.
Cancer Sci., 114:1165-1179 (2023). doi: 10.1111/cas.15656

https://doi.org/10.1111/cas.15656


膵臓の外分泌系悪性腫瘍のうち99%が導管由来の膵管癌(PDAC)であり、消化酵素を産生する腺房細胞由来の膵腺房細胞癌(PACC)は1%に過ぎません。PACCは予後不良ですが、現在利用可能な細胞株がないこともあり治療薬の開発が困難な状況です。我々の研究室では胆膵がん患者の臨床検体から系統的にオルガノイド培養を行っており、偶然PACC患者に遭遇したことから胆汁、生検、切除腫瘍などさまざまな検体から培養を試みました。しかし、初期には増殖するもののいずれも長期間の増殖や凍結保存に耐えず、PACC細胞株樹立の難しさを再認識しました。その中で、生検由来のオルガノイドのゼノグラフトが免疫不全マウスで皮下腫瘍を形成しました。これを元に作成したオルガノイドは組織学的にも元の腫瘍に類似しており、高レベルのトリプシンを分泌しながら三次元培養環境下で無限に増殖することを確認しました。通常の培養条件である血清添加培地での平面培養では増殖しませんでしたが、オルガノイド用培地の使用により平面培養も可能になりました。その場合でもトリプシンによる自己消化で半浮遊状態になりやすく、こうした性質も過去に細胞株が困難だった原因の一つだったかもしれません。このオルガノイドはBCL10モノクローナル抗体で認識されるPACCマーカーのcarboxylic ester hydrolase(CEH)が陽性で、PDACマーカーであるCD133と内分泌系マーカーのシナプトフィジンは陰性だったため、純粋な外分泌系の新規PACC細胞株(HS-1)を樹立したと結論づけました(図1)。

ゲノム解析の結果、元の腫瘍では広範なコピー数変化とEP400の点変異を認めましたが、HS-1ではそれらが保存されさらに濃縮していました。HS-1にはCDKN2Aのホモ欠失が生じており、オルガノイドからのゼノグラフト形成に貢献した可能性が示唆されます。HS-1は標準的な細胞傷害性薬剤には抵抗性でしたが、in vitroの薬剤スクリーニングの結果、多発性骨髄腫の治療に使用されるプロテアソーム阻害剤ボルテゾミブに非常に高い感受性を示すことが明らかになり、in vivoでもその有効性が確認されました。CD133はPACCおよびがん幹細胞のマーカーであるだけでなく、AKT活性化を介してがん幹細胞性にも寄与することが知られていますが、HS-1がCD133陰性であることからCD133の再導入を行ないその効果を検証しました。PACCへの転換や腫瘍の増大、組織学的な悪性化などは見られませんでしたが、ゲムシタビンに対する抵抗性とラパマイシンに対する感受性が増強しており、それぞれがん幹細胞性の増強とAKT活性化を反映した結果となりました。

HS-1を活用することで今後PACCの新規治療薬が見出される事が期待されます。また、PACCの起源とされる腺房細胞は膵炎等のがん以外の膵臓疾患にも深く関わっているため、これらの疾患の研究への応用も期待されます。

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