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中枢移行性を有するHDAC6選択的阻害剤の開発
-極性官能基を含有する化合物を中枢に効率的に移行させるドラッグデザイン-

関西大学 化学生命工学部
住吉 孝明

Hashimoto, K., Ide, S., Arata, M., Nakata, A., Ito, A., Ito, T. K., Kudo, N., Lin, B., Nunomura, K., Tsuganezawa, K., Yoshida, M., Nagaoka, Y., Sumiyoshi, T.
Discovery of Benzylpiperazine Derivatives as CNS-Penetrant and Selective Histone Deacetylase 6 Inhibitors.
ACS Med. Chem. Lett., 13:1077 (2022). doi: 10.1021/acsmedchemlett.2c00081

https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acsmedchemlett.2c00081


ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) はヒストンのリシン残基を脱アセチル化して転写を抑制します。11種類ある亜鉛依存性HDACの中で、HDAC6はα-tubulinなどの非ヒストンタンパクを脱アセチル化し、その高発現はがんや精神神経疾患に関与することから、中枢性疾患の新規創薬標的として注目されています。しかしながら、これまで複数のHDAC6選択的阻害剤が報告されているにも関わらず、HDAC6阻害活性発現には極性基であるヒドロキサム酸構造が必須であるため中枢移行性が低く、HDAC6阻害剤の中枢薬への応用は実現されていません。従来の中枢移行性HDAC6阻害剤の設計戦略は化合物の脂溶性を高めて中枢移行性を向上させるものがほとんどですが、化合物の脂溶性向上は代謝不安定化やオフターゲットタンパクへの非特異的結合につながります。現在、HDAC6阻害剤を中枢性疾患に適用するために、化合物の脂溶性を高めることなく中枢移行性を向上させる、新たなHDAC6阻害剤の設計戦略が求められています。

本研究では、分子内にカルボン酸などの極性基を有していても高い中枢移行性を示したことで知られる抗ヒスタミン薬(ヒスタミンH1受容体アンタゴニスト)の部分構造に着目しました。特に、カルボン酸を分子内に含んでいても一定の中枢移行性を示すcetirizineのベンズヒドリルピペラジン構造は、極性化合物を強力に脳内に移行させる有効なシャトルであると仮定しました。また、HDAC6以外のHDACアイソザイムの多くをノックアウトしたマウスは胎生致死であることから、高いHDAC6選択性も要求されます。実際、アイソザイム選択的HDAC6阻害剤には、ファーマコフォアであるcap部位にY字型構造が必須です。ベンズヒドリルピペラジン構造はまさしくY字型であり、当該構造の導入は高い中枢移行性とHDAC6選択的阻害を両立すると期待し、化合物2を設計・合成しました (図1)。期待通り、合成した化合物2は優れたHDAC6選択的阻害活性 (HDAC6 IC50: 0.11 µM) と高い中枢移行性 (brain/plasma ratio: 7.91) を示しました。残念ながら化合物2は強力なhERG阻害活性 (IC50: 0.66 µM) を示したことから、HDAC6阻害活性を保持しつつhERG阻害活性を低減させる構造最適化を行い、化合物1 (KH-259, HDAC6 IC50: 0.26 µM, hERG IC50: 106 µM, brain/plasma ratio: 6.73) を見出しました (図1)。また、化合物1および2は抑うつモデル動物において抗うつ薬フロキセチンと同等の有効性を示しました。さらに、化合物1を投与したマウスの脳を取り出してヒストンとα-tubulinのアセチル化量を比較定量した結果、アセチル化α-tubulinのみが増加していたことから、抗うつ作用が脳内のHDAC6を阻害したことに起因すると結論付けました。実際、KH-259は医薬品として適した物性プロファイルを有し、中枢性疾患に適用可能なHDAC6選択的阻害剤の新規リード化合物として期待できます。

図1 中枢移行性を有するアイソザイム選択的HDAC6阻害剤のドラッグデザイン

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