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内耳内有毛細胞感覚毛形成におけるTsukushi(TSK)の役割
TSKが欠損すると、BMPの発現パタンが変化し、内有毛細胞に特異的な感覚毛形成不全を来たす。

北野病院耳鼻咽喉科 三輪徹、熊本大学医学部 宋文杰(被支援者)、九州大学基幹教育院 太田訓正

Miwa, T., Ohta, K., Ito, N., Hattori, S., Miyakawa, T., Takeo, T., Nakagata, N., Song, W-J., Minoda Y.
Tsukushi is essential for the development of the inner ear.
Mol Brain 13:29 DOI: 10.1186/s13041-020-00570-z (2020).

https://molecularbrain.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13041-020-00570-z


聴覚は蝸牛における音の検出から始まります。音は中耳を介して蝸牛の基底膜(図1を参照)に振動を起こします。基底膜の振動はコルチ器にある有毛細胞と蓋膜の間にずり応力を生じさせ、有毛細胞の感覚毛が曲げられ、機械感受性イオンチャネルが開くことによって、神経信号に変換されます。蝸牛神経に信号を伝えているのは内有毛細胞ですが(図1赤)、外有毛細胞(図1青)は膜電位依存的に伸縮し、基底膜の振動を増幅することによって、音の検出感度を高めています。また、上皮組織である血管条(図1ピンク)が蝸牛電位を発生させ、中央階のK+が機械感受性チャネルを通って有毛細胞内に入ることを促進させ、音の検出感度を高めています。このように、内有毛細胞、外有毛細胞および血管条は蝸牛の音検出能に必要不可欠な働きをしています。

有毛細胞の損傷が難聴を来たすため、その発生と再生に関する研究が盛んに行われています。これまでの研究によって、有毛細胞の発生に転写因子Atoh1が重要な役割を果たしていることが明らかとなり、有毛細胞の分化、生存、成熟(感覚毛の形成)に働きます。また、Notch、FGF、Wnt、Shh、およびBMPシグナル伝達系が有毛細胞の発生に関わることも示されてきましたが、有毛細胞の発生メカニズムの全貌はまだ解明されていません。TSKは太田らによって同定・研究されてきた分泌因子で、多くの発生現象に関わることが示されています。TSKは、BMP、FGF、Wntシグナル伝達系を制御することが明らかとなっているため、内耳の発生に関与する可能性が考えられます。本研究では、主にTSK欠損マウスを用いて、内耳の発生におけるTSKの関与とその仕組みについて検討しました。TSKの欠損は広い周波数範囲における聴力低下を引き起こしました。その原因を調べたところ、外有毛細胞の機能を反映する耳音響放射歪成分の強さに野生型マウスとTSK欠損マウスでは差が見られず、外有毛細胞と内有毛細胞の数にも変化はありませんでした。また、血管条に関する免疫組織学的な検討や、蝸牛電位の測定により、血管条にTSKの欠損が影響しないことが分かりました。しかし、電子顕微鏡による観察により、内有毛細胞の感覚毛のみ、蝸牛のすべての部位において、短くなることが明らかとなりました。また、TSK欠損マウスにおけるらせん神経節の細胞数も減少していました。これらのことが難聴の原因として考えられます。TSKがどのようにして内有毛細胞感覚毛の形成不全を引き起こすのかを検討したところ、TSK欠損により、BMPの分布が著しく変化することが明らかとなりました(図1)。また、胎生期初期において、TSK欠損がコルチ器に分化する領域におけるSox2の発現を低下させていました。Sox2はAtoh1の発現を促進し、有毛細胞の分化を促進するため、TSK欠損による内有毛細胞の形成異常にBMPとSox2が関わる可能性が考えられます。今後、これらの分子機構に関するさらなる検討が待たれます。コルチ器や有毛細胞発生の分子機構の解明は感音性難聴の先進医療に繋がる可能性があるため、より多くの研究者の参入が望まれます。

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