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長鎖脂肪族アルデヒド代謝障害による神経疾患発症機構の解明
—シェーグレン・ラルソン症候群モデルマウスの神経症状にミエリンの2-水酸化ガラクトシルセラミドの減少が関わる—

北海道大学大学院薬学研究院 佐々貴之,木原章雄(被支援者)

Kanetake T., Sassa T., Nojiri K., Sawai M., Hattori S., Miyakawa T., Kitamura T., and Kihara A.
Neural symptoms in a gene knockout mouse model of Sjögren-Larsson syndrome are associated with a decrease in 2-hydroxygalactosylceramide.
FASEB J. 33:928–941 DOI:10.1096/fj.201800291R (2019).

https://faseb.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1096/fj.201800291R


神経軸索を幾重にも取り囲むミエリンは脂質に富む構造体であり,ミエリン脂質による神経軸索の絶縁は跳躍伝導を介した活動電位の速い伝導に不可欠です。したがって,ミエリン脂質の質または量の変化は様々な神経障害を引き起こす可能性があります。シェーグレン・ラルソン症候群(SLS:Sjögren-Larsson syndrome)は痙性対麻痺や羞明(光をまぶしく不快に感じる症状),精神遅滞等の神経症状と魚鱗癬(表皮の角層が鱗のように剥がれる症状)を主な症状として示す遺伝性疾患です。SLSの原因遺伝子は脂肪族アルデヒド脱水素酵素をコードするALDH3A2です。ALDH3A2は細胞内で生じた反応性の高い脂肪族アルデヒドを脂肪酸へ酸化し,無毒化する役割を担うと考えられていますが,SLSの神経症状発症の根底にある分子メカニズムは不明のままでした。
本研究では,SLS神経症状の分子メカニズムの解明を目的として,Aldh3α2ノックアウトマウスを解析しました。AdAMSの生理機能解析支援を受けて行動テストバッテリー解析を行った結果,Aldh3α2ノックアウトマウスはビームテストにおいて後肢の滑り回数の増加を示しました。また,光に対する不安を評価する明暗箱テストにおいて不安様行動の増加を示しました。これらの表現型はSLSの痙性対麻痺や羞明に相当すると考えられます。マウスの脳においてAldh3α2はオリゴデンドロサイトと神経細胞に発現していました。以前,私たちはAldh3α2ノックアウトマウスの脳では特に長鎖脂肪族アルデヒド(炭素数11–20)に対する活性が大きく低下していることを報告していますが(Naganuma et al., 2016),本研究ではスフィンゴ脂質の構成要素である長鎖塩基から生じる長鎖脂肪族アルデヒド(炭素数16)の代謝活性がAldh3α2ノックアウトマウス細胞で大きく低下していることを明らかにし,スフィンゴ脂質由来長鎖脂肪族アルデヒドの代謝不全がSLSに関わる可能性を示唆しました。脳の脂質分析の結果,Aldh3α2ノックアウトマウスではミエリンの構造と機能維持に重要なミエリン脂質である2-水酸化ガラクトシルセラミドが減少していました。2-水酸化ガラクトシルセラミドの合成には脂肪酸2-水酸化酵素FA2H(fatty acid 2-hydroxylase)が関与します。Aldh3α2ノックアウト細胞で生化学的解析を行った結果,FA2Hの活性はALDH3A2の活性と相関することを明らかにしました。これらの結果から,SLSの神経症状発症の分子メカニズムとして,ALDH3A2の活性低下がオリゴデンドロサイトに長鎖脂肪族アルデヒドを蓄積させ,蓄積した長鎖脂肪族アルデヒドによりFA2Hが不活性化された結果,ミエリンの2-水酸化ガラクトシルセラミドが減少し,ミエリン機能が低下するというモデルを提示しました(図)。長鎖脂肪族アルデヒドはFA2Hの基質である長鎖脂肪酸と構造が似ています。したがって,長鎖脂肪族アルデヒド,特にスフィンゴ脂質の主要な長鎖塩基であるスフィンゴシンに由来するトランス-2-ヘキサデセナールがFA2Hの基質結合部位に入り込み,活性部位のヒスチジン残基(亜鉛イオンを保持)とマイケル付加反応し,FA2Hを不活性させていることが考えられます。興味深いことに,FA2Hの遺伝子変異は遺伝性痙性対麻痺(SPG35: spastic paraplegia 35)および鉄蓄積性神経変性症(FAHN: fatty acid hydroxylase-associated neurodegeneration)の原因として知られており,SPG35/FAHNはSLSと共通した痙性対麻痺等の症状を示します。このことは,SLSの神経症状にFA2Hの不活性化が関わるという本研究のモデルを支持しています。本研究の成果は脂質代謝異常によって引き起こされる神経疾患の分子メカニズムに関する新たな知見を提供するものです。

参考文献
Naganuma et al. J. Biol. Chem 291:11676-11688 (2016).

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