1. HOME
  2. 支援成果論文
  3. 主要論文の解説文
  4. 生理機能解析支援
  5. AMPA受容体パルミトイル化修飾不全に伴うシナプスの過剰興奮と長期にわたる恐怖記憶の異常亢進

AMPA受容体パルミトイル化修飾不全に伴うシナプスの過剰興奮と長期にわたる恐怖記憶の異常亢進

産業技術総合研究所
林 崇

Oota-Ishigaki A, Takao K, Yamada D, Sekiguchi M, Itoh M, Koshidata Y, Abe M, Natsume R, ...., Sakimura K, Okuno H, Wada K, Mishima M, Miyakawa T, Hayashi T.
Prolonged contextual fear memory in AMPA receptor palmitoylation-deficient mice.
Neuropsychopharmacology, 47: 2150-2159 (2022). doi: 10.1038/s41386-022-01347-9 https://www.nature.com/articles/s41386-022-01347-9


本研究では、マウス個体の網羅的行動解析および薬理学的解析をご支援頂き、健常な脳の作動原理と、その機能不全から生じる精神神経疾患の解明を目指しました。

タンパク質の機能は単純に遺伝子が指定するアミノ酸配列のみに規定されるものではなく、リン酸化やパルミトイル化(細胞内システイン残基への飽和脂肪酸の共有結合)等の翻訳後修飾を受けることによりダイナミックに制御されています。脂質が直接付加する修飾機構はタンパク質の膜への親和性を増大させ、タンパク質が本来機能すべき膜上の正確な位置に、適切なタイミングで輸送されるために重要です。脳神経ネットワークを構成する神経細胞間のシナプスにおいても、多くの神経伝達物質受容体が可逆的なパルミトイル化/脱パルミトイル化を受けており、膜局在と膜輸送が制御されています。パルミトイル化修飾の異常に伴うシナプス機能不全により、脳の変調状態である各種の精神神経疾患が誘発されると考えられますが、その発症機構は複雑で未解明な点が多く残されています。

我々は、哺乳類の脳において主要な興奮性シナプス伝達を担うグルタミン酸受容体について、研究を進めてきました。まず、in vitro神経細胞レベルでAMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)のパルミトイル化修飾を見出しました。次いで、非修飾型遺伝子改変マウス(GluA1Cys811Ser)を作製し、in vivo脳内におけるパルミトイル化依存的なAMPA受容体のシナプス発現と脳機能の調節機構を明らかにしました(下図左)。パルミトイル化を受けることにより、AMPA受容体はシナプス表面から細胞内に取り込まれ、その結果としてシナプス強度は低下します。AMPA受容体のパルミトイル化が起こり得ない上記の変異マウスでは、興奮性シナプス表面にAMPA受容体が過剰に滞留し、シナプス膜上のAMPA受容体総数が増加することに伴って興奮性シナプスの機能亢進を示すことが予想されました。実際、興奮性の上昇に基づくてんかん発作の誘発閾値の低下が観察されました(Itoh et al. J Neuroscience 2018; 他)。更に今回、パルミトイル化による適切なAMPA受容体制御ができないために生じるシナプスの過剰興奮が、てんかん発作の他にも様々な精神疾患様症状を誘発する可能性を検討するために、一連の動物行動学バッテリー解析を行いました。特に、恐怖条件付け実験において、刺激後のすくみ反応を指標にして野生型マウスと非修飾型変異マウスGluA1Cys811Serとを比較したところ、ヒトの心的外傷後ストレス障害(PTSD)に結び付く恐怖記憶の過剰な持続がAMPA受容体のパルミトイル化修飾不全により誘発されるという結果を得ました(下図右)。野生型マウスと同変異マウスとの間では、文脈依存的恐怖記憶に有意差が見られたものの、電気刺激と音とを組み合わせた手掛かり依存的恐怖記憶には有意差が無く、恐怖記憶の中枢である扁桃体領域に加え、海馬領域におけるAMPA受容体パルミトイル化の関与が示唆されました。

精神疾患は、シナプスの機能異常がその根底にあるものとして急速に理解が進んでいますが、現状、必ずしも診断と治療は容易ではありません。本研究の成果から、未だ発症機構が明確でない精神疾患の一端を分子レベルで解明し、更にこれまでに無い新たな創薬標的を考える上で、このAMPA受容体非パルミトイル化修飾型マウスは有用な動物モデル系になるものと考えられます。

Page Top