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mTOR 亢進で惹起される多発性嚢胞腎モデルマウス(Cd79a-Tsc1 KO)を用いた新しい疾患治療ターゲットの探索

関西医科大学 第2内科学
塚口 裕康

Tran Nguyen Truc L, Matsuda S, Takenouchi A, Tran Thuy Huong Q, Kotani Y, Miyazaki T, Kanda H, Yoshizawa K, Tsukaguchi H.
Mechanism of cystogenesis by Cd79a-driven, conditional mTOR activation in developing mouse nephrons
Sci Rep., 13(1):508 (2023). doi: 10.1038/s41598-023-27766-2

https://www.nature.com/articles/s41598-023-27766-2


研究の有用性
多発性嚢胞腎は、1,000人に1人の頻度で発症する最も頻度の高い遺伝性腎疾患で、透析導入の原疾患の第4位(全体の3%)にランクされています。症例の90%は尿細管上皮細胞に発現する膜蛋白ポリシスチン(Polycystin, PC)遺伝子変異が原因で、その他の一部ではMammalian Target of Rapamycin(mTOR)経路の活性化が関与し発症します。しかしPCやmTOR経路がどのように尿細管上皮細胞に作用し嚢胞化を来すのか、分子機序はわかっていません(図a)

着想と独創性
ヒトADPKDは通常30-40歳で症状に気づきますが、嚢胞形成イベントは、胎生期〜出生早期に起こっていると考えられています。したがって根本的な治療開発のために、この嚢胞の“芽”が形成される初期段階観察できる疾患モデルマウスを作成し、すでに阻害薬とシグナル分子群の研究が進んでいる、mTOR経路の役割に注目して、嚢胞形成の分子機序を明らかにしたいと考えました。

研究の方法
本研究グループが独自に、胎生期E15以降の尿管芽〜遠位尿細管細胞でTsc1失活化する、時空間的にユニークなmTORC1亢進を来すマウス多発性嚢胞腎モデルマウス(Cd-79a Tsc1KO、図b)を作成し、嚢胞形成の初期段階に関わる細胞機序(細胞増殖、アポトーシス、水平極性)と、それを担うシグナル伝達(mTORC1, mTORC2経路)を解析しました。

研究の結果
Cd-79a Tsc1KO腎では、生後7-10日で遠位〜集合管に嚢胞形成が始まり、14日で顕微鏡的, 28日で肉眼的にも多発性嚢胞腎像を呈しました(図c)。嚢胞(生後2-9週)はmTORC1が亢進する(cell-autonomous)、しない(cell-non-autonomous)の2群の細胞で構成されていました(図d)。線毛は野生型に比し伸長していたが、4週目以降の大きな嚢胞を構成する上皮は、脱分化を認めました。嚢胞形成が起こる前(生後7-10日)のCd-79a Tsc1KO尿細管では、野生型に比し細胞増殖、アポトーシスは変化なかったが、水平極性に関わる収斂伸長(convergence extension)、方向性細胞分裂(oriented cell division)が、正常の配向特性(通常は管腔伸長方向に並ぶ)から逸脱していました(図d)。

今後の展開
発達遠位ネフロンにおけるmTORC1亢進は、生後14日目まで続くネフロン形成期において、尿細管腔狭小化を促す細胞極性制御を障害して、嚢胞形成を促す可能性が示唆されました。動物実験ではmTOR阻害薬は嚢胞形成効果が確認されていますが、ヒト臨床試験では有用性を証明できていません。今後、mTOR経路の詳細、特に線毛シグナルがどう関連するのか、の検討が待たれます。

図 尿細管mTOR亢進(Cd-79a Tsc1KO)マウスモデルを用いた嚢胞腎形成機序の解析
a) 嚢胞初期形成に関わるシグナル経路 PC1とmTORシグナル の相互作用については、未解決の点が多い。 b) 嚢胞腎モデルマウス の作成手順, mTORの抑制遺伝子であるTsc1の両端をLox-P配列で挟み(Flox)、Lox-P間組み換えを誘導する酵素Cre遺伝子と掛け合わせることで、Tsc1遺伝子が欠失→mTORを活性化する(遺伝型Tsc1ff:Cd79a-Cre, モデル名Cd-79a Tsc1KO)。 c) Cd-79a Tsc1KOネフロンにおける嚢胞の分布 CreはCd79a 発現の時空間プログラム(胎生期の遠位ネフロンに分布)に基づき mTORを活性化するため、ヒトADPKDに類似した遠位ネフロン優位の嚢胞形成を来す。d) Cd79a- Tsc1KO尿細管上皮から得られた嚢胞形成に関わる分子情報 mTOR亢進により、ネフロン形成期に活発に増殖する尿細管細胞群の水平面極性のずれを生じる結果、嚢胞が形成される。 嚢胞上皮は、Tsc1 失活によるmTOR活性亢進した細胞(autonomous)と、Tsc1失活と無関係にmTOR 活性亢進した(non-autonomous)の、2種の細胞群から構成されていた。

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