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チオレドキシン機能低下は幼若ラットの中脳に対称性空胞変性を引き起こす

岡山大学 大守 伊織

Ohmori I, Ouchida M, Imai H, Ishida S, Toyokuni S, Mashimo T.
Thioredoxin deficiency increases oxidative stress and causes bilateral symmetrical degeneration in rat midbrain.
Neurobiol Dis. 2022 Nov 11;175:105921. doi: 10.1016/j.nbd.2022.105921. 

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36372289/


ヒトを含む哺乳類において、内因性活性酸素種(Reactive oxidative species, ROS)の主な発生源は、ミトコンドリア呼吸鎖とNADPHオキシダーゼ(NOX)です。生理的な条件下で、ROSは食細胞における殺菌のほか、細胞増殖や分化を制御する細胞内シグナル伝達経路に重要な役割を担っています。その一方で、ROSが過剰になるとタンパク質の変性を引き起こし、老化や細胞死を促進します。ROSの有益な作用と有害な作用の微妙なバランスの上に、私達の健康が維持されていると言えます。ROSを消去する生体内の防御システムのひとつにチオレドキシン(TXN)があります。これまで生体内におけるTXNの機能的役割について十分に解明されていませんでしたが、本研究により、TXNが幼若期(3〜6週齢)において中脳の神経細胞の発達・恒常性維持に必須であることを見出しました。

TXNは、原核生物からヒトまで保存されている分子量約12kDaの蛋白です。TXNにはCGPC配列という活性中心があり、2つのシステイン残基(図AのC32とC35)の間でS-S結合を作る酸化型と-SH,-SHの還元型が存在します。TXNは、相互作用するタンパク質のジチオール/ジスルフィドのバランスを調整することにより、酸化ストレスに対する抗酸化物質として働いています(図B)。本研究では、TXNの生体内での機能を明らかにするために、Txn1遺伝子にF54L変異を持つラットを用いて表現型解析を行いました。Txn1-F54L遺伝子変異ラットでは、5週齢に疾走発作が集積して出現しており、この時の脳MRI検査(T2WI)では、視床や下丘に限局した高信号領域が認められました(図D)。同部ではROSの一種であるH2O2が野生型よりも有意に高値でした(図C)。病理解剖で、同部の空胞変性(図E)、電顕写真で神経細胞体や軸索の膨脹(図F)、軸索のミトコンドリアの形態学的異常が認められました(図G)。

酸化ストレス下で細胞死の起こしやすさを検討するために、線維芽細胞を用いて、H2O2添加の有無でTUNELアッセイを行ったところ、ホモ接合体由来の線維芽細胞では、野生型よりも細胞死が誘発されやすいことが観察されました。また、5週齢で中脳のメタボローム解析を実施し、野生型ラットでは,中脳のエネルギー代謝は大脳皮質のそれよりも有意に高いことを示しました。以上のことから、幼若ラットでは、Txn1はエネルギー代謝の高い中脳において、酸化ストレスの軽減に必須の役割を担っていると推測されます。私達は、Txn1-F54L遺伝子変異ラットを、新たな神経変性疾患モデル動物として、Adem "Age-dependent mitochondrial cytopathy" ラットと命名しました。このモデル動物は、酸化ストレスによる神経変性疾患の病態理解や治療法の開発に役立つと期待されます。

図. チオレドキシンの構造・機能およびTxn1-F54L変異ラットの中脳病変.

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