ADHD関連化学物質の化学的基盤

国立環境研究所
石堂 正美

Masami Ishido
Chemical nature of attention deficit hyperactivity disorder (ADHD) - related chemical subfamily
Chemosphere, 313: 137495 (2023). doi: 10.1016/j.chemosphere.2022.137495

https://doi.org/10.1016/j.chemosphere.2022.137495


私たちの快適な日常生活は様々な化学物質の賢明な利用に支えられている。化学物質を安全な量で活用し、あるいは毒性が憂慮される化学物質は安全な化学物質に代替することで行われる。従って、化学物質の健康リスク評価が重要なステップとなり、そうした対象の化学物質は身の周りに50,000~80,000個あると推定されている。

こうした化学物質の中には多動性障害(ADHD)を惹起すると懸念されている化学物質群の存在が動物実験あるいは疫学調査によって報告されてきている。これらをここではADHD関連化学物質と称する。ADHD関連化学物質は発達期脳のドーパミン神経系に作用しドーパミン神経系の発達障害を惹起し、更にその障害が次世代に遺伝することが当該支援により明らかになった。

ADHDは不注意、多動性、衝動性の3症状を主な特徴とする発達障害である。私たちはShaywitz博士らが報告したラット多動性障害モデルを採用し、約19種類の化学物質をスクリーニングした。多動性障害はラットの自発運動量の亢進の統計学的有意差によって判断した。その結果、ラット自発運動量を更新する陽性化学物質群は11種、そうでない陰性化学物質が6種判明した。

陽性群は、フェノール類(3種)、フタル酸類(7種)そしてトルエン(1種)であり、異なる3種類の官能基の化学物質で構成されている。そこで本研究では、陽性化学物質と陰性化学物質を区別する化学的基盤は何か、また、陽性群を構成する異なる3種の官能基がどのように同じ反応結果(自発運動量の亢進)をもたらすかをケモインフォマティックスと機械学習で検討した。

最初に、両群の分子量の分布に差がないことを確認し、様々な分子記述子について統計処理を行った。その結果、全炭素あたりのSP3混成炭素数(Fraction CSP3)が陽性群で有意に多く含まれていた(図1A)。このFraction CSP3は化学物質の複雑さ・乱雑さの指標として用いられてきているが、更に化学物質の毒性との関連性が指摘されてきている。

また、化学物質間での類似性を示すタニモト係数においても両群の間に統計的有意差が見られた(図1B)。ADHD関連化学物質によるラット多動性障害の原因はドーパミン神経系の発達障害であることが示されてきているが、従来知られてきているドーパミン神経毒、例えばMPP+(図1C; DA amine)やヘプタクロル(図1C; DA oc)などとは全く構造的類似性を示さず、新しいドーパミン神経毒群を形成することが明らかになった(図1C)。

次に、機械学習による解析を行った。タニモト係数と自発運動量の増加の関係ではニューラルネットワークにより両群は明瞭に区別された(図1D)。また、ランダムフォーレスト法では自発運動量の増加の実測値と予測値の間に良好な関連性が示された(R=0.9; 図1E)。

最後に、深層学習に基づく生成モデルを用いて陽性群の化学構造の潜在的な骨格を探索した。生成モデルは、変分自己符号化器(JT-VAE : variational auto-encoder)を利用した。JT-VAEは潜在変数を確率変数として表し、分子表現のために分子グラフとジャンクションツリーの両方を用いる。分子グラフは原子のノードと結合のエッジを表し、ジャンクションツリーはツリー内のノードを表す。JT-VAEはそれぞれ分子グラフとジャンクションツリーのためのエンコーディングとデコーディングという2つのニューラルネットワークから構成されている。リング、結合、個々の原子などのコンポーネントの語彙vocabularyは、与えられた分子が重複するコンポーネントや原子のクラスターによってカバーされるほど大きく選ばれている。これらのクラスターは、分子グラフの三角形分割triangulationにおいてクリークcliqueとして機能する。このJT-VAEを用いフタル酸エステル(DPP)からビスフェノールAへの連続的な補間が行われることが示された。この結果はこれらの分子の共通の骨格がラットの自発運動量の亢進(多動性障害)に寄与する可能性があることを示唆している。コア構造にはもっと似た三角形分割が存在するかもしれない。

図1: ADHD関連化学物質の特性
A、FractionCSP3の差異
B、タニモト係数の差異
C、ドーパミン神経毒の新しい分類 
D、機械学習による分類
E、ランダムファーレストによる予測
[注] Hyperactivity-associated chemicals: ADHD関連化学物質; negative chemicals:陰性化学物質群

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