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X染色体不活性化を用いた遺伝子改変慢性膵炎モデルマウスの樹立

兵庫医科大学遺伝学 大村谷昌樹(被支援者)、
熊本大学生命資源研究・支援センター 荒木喜美

Sakata K, Araki K, Nakano H, Nishina T, Komazawa-Sakon S, Murai S, Lee GE, Hashimoto D, Suzuki C, Uchiyama Y, Notohara K, Gukovskaya AS, Gukovsky I, Yamamura KI, Baba H, Ohmuraya M.
Novel Method to Rescue a Lethal Phenotype Through Integration of Target Gene Onto the X-chromosome.
Sci Rep., 6:37200.

https://www.nature.com/articles/srep37200


慢性膵炎は膵内の持続性炎症により、膵外・内分泌機能が低下していく原因不明の慢性炎症性疾患である。膵炎の発症因子として重要なのがトリプシンとそのインヒビターである。我々は膵内トリプシンインヒビターであるserine protease inhibitor, Kazal type 1 (SPINK1)遺伝子が遺伝性膵炎の原因遺伝子であることを報告し(J Gastroenterol. 2002)、さらにSPINK1遺伝子のマウスホモログSpink3遺伝子のノックアウトマウスを樹立した(Gastroenterology. 2005)。Spink3ホモ欠損マウス(Spink3-/-)は、出生直後に膵外分泌細胞(腺房細胞)がオートファジー不全を伴う細胞死によって脱落し、膵外分泌機能不全によって死亡することを明らかにしている。そこで、今回の研究ではヒトSPINK1遺伝子を“部分的”に発現させたマウスと交配し、Spink3-/-マウスのレスキューを行った。
CAGプロモーター下にヒトSPINK1のミニ遺伝子(イントロンの中間部分を除いた配列)をつなぎ、マウスES細胞のX染色体にCre-loxPシステムを用いて置換(図を参照)してマウス(X-SPINK1)を樹立した。
哺乳類の性染色体であるX染色体が、1本を除いて、残りのX染色体で遺伝子発現が抑制されることをX染色体の不活性化という。X-SPINK1マウスはオス(XSPINK1Y)とX染色体の両方にトランスジーンが挿入されたメス(XSPINK1 XSPINK1)ではすべての細胞でSPINK1遺伝子が発現するが、片方に挿入されたメス(XXSPINK1)では約半数の細胞でのみSPINK1遺伝子が発現すると予想される。実際、XXSPINK1では発現する細胞(図の黒矢印)としない細胞(赤矢印)がモザイク状に存在することを確認した。このマウスとSpink3-/-マウスを交配した。
Spink3-/-; XSPINK1Y(オス)およびSpink3-/-; XSPINK1 XSPINK1マウス(メス)は成獣まで成長し、野生型と差が見られなかった。つまりレスキューが可能であった。それに対して、出生直後のSpink3-/-; XXSPINK1マウス(メス)では正常な腺房細胞と著しい変性を生じた腺房細胞がモザイク状に混在しており、SPINK1発現細胞が(レスキューされ)正常に、発現しない細胞が細胞死に陥ることが確認された。
Spink3-/-; XXSPINK1マウスは軽度の成長障害を示し、8週齢では膵臓全体の萎縮が見られた。膵臓では全体に腺房細胞の脱落と膵実質の繊維化が存在し、膵管の拡張が顕著であった。拡張した膵管の上皮には過形成が見られ、膵前癌病変(PanIN)と類似していた。さらにEGFR、TGF-β及び膵星細胞のマーカーであるdesminの過剰発現が確認され、ヒト慢性膵炎の特徴と類似したユニークな慢性膵炎モデルマウスを樹立することができた。

本研究で用いたES細胞はGene Trap法で樹立され、トラップベクターはDiap2遺伝子領域に挿入されているが、明らかな表現型がない。同じ方法で樹立したマウスを用いた研究もすでに報告されており(Shindo et al., iScience. 2019, 15:536-551)、今後の応用が期待される。

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