肝転移の予防に実効する既存薬ルキソリチニブの同定
鳥取大学 医学部 実験病理学分野 岡田 太
Seong, H.K., Kanda, Y., Izutsu, R., Jehung, J.P., Hamada, J., Osaki, M., Okamoto, K., and Okada, F.
Prevention of liver metastasis via the pharmacological suppression of AMIGO2 expression in tumor cells. Scientific Reports. 14(1):28183, 2024, doi:10.1038/s41598-024-71827-z
Screening Committee of Anticancer Drugs(SCADs)化合物キットを用いた肝転移ドライバー分子AMIGO2の発現抑制、肝類洞内皮との接着抑制、実験的肝転移抑制を指標にスクリーニング選別した成果
世界の癌罹患総数は2022年に1,930万人、2040年には2,880万人に達すると推計されています。増加分の比率予測は、先進国(32%-56%)に対し途上国(64%-95%)であり、途上国において癌患者の増加が見込まれます。先進国に倣うと癌患者の半数は病を克服できる半面、癌生存者の90%超は転移で死亡するため、2022年の996万人に対し2040年以降には年間1,640万人以上の癌死を迎えると予想されます。従って、癌死の予防は世界的規模の高齢化を背景に例外無く喫緊の課題になります。癌死の予防は、正常細胞から癌化、そしてその後に転移を含む悪性形質を獲得する悪性化進展までの発癌全過程が対象になります。前半の癌化は、多細胞・多年生生物で後生殖期生物(生殖期間を終えても生きる生物)に主として生じます。従って、発癌は加齢に伴い必然的に生じると考えられます。しかし、その対処法は存在し、発癌そのものを予防する生活習慣に係わるこれまでの対策に加えて、生じた癌を検診等で早期に見つけて治療することで癌死予防の成果は確実に挙がります。一方、後半の悪性化進展の対処法は未だに不十分であることから、私の研究グループでは特に転移を制御する術をこれまで追い求めてきました。
転移を起こし易い臓器は、所属リンパ節を除くと肝臓です。この肝転移のドライバー分子を見つけるために肝指向性の腫瘍細胞を作出しました。すなわち、肝臓に殆ど転移しないマウス線維肉腫細胞を同型正常マウスの脾臓内に移植し、門脈経由で僅かに形成する肝転移結節を採取します。この転移結節を再び新たなマウス脾臓内に移植することを繰り返して肝臓に転移する細胞株を作出しました。肝転移株と親株を解析した結果、肝転移株に発現するAMIGO2(amphoterin-induced gene and open reading frame 2)分子と肝類洞内皮細胞に発現するAMIGOファミリー分子(AMIGO1、AMIGO2、AMIGO3)間でhomophilic/heterophilicな細胞間接着を介して肝転移を形成することを突き止め、世界に先駆けて肝転移ドライバー分子AMIGO2を報告しました。この同定を契機に、ヒト胃癌や大腸癌においてAMIGO2発現は独立した肝転移予後因子となることを外挿したことに加え、肝転移の乏しい癌では患者予後の増悪因子となることを見出しました。予後不良となる理由として、AMIGO2は癌幹細胞性を維持する機能を有することを明らかにしました。
そこで、癌細胞のAMIGO2発現を抑制すれば肝転移の予防が叶うのではないかとの着想に基づき、先端モデル動物支援プラットフォームより提供いただいた285化合物のScreening Committee of Anticancer Drugs (SCADs) inhibitor kit libraryを用いて4段階のスクリーニングを施行しました。その内容は、1)癌細胞のAMIGO2発現を抑制、2)肝類洞内皮細胞との接着を抑制、3)抑制化合物に共通する作用機序に基づくドラッグリポジショニング(既存薬等を活用して当初の疾患とは異なる疾患の治療薬として転用する開発手法)、4)ヒト癌細胞の実験的肝転移の抑制です。その結果、骨髄線維症、真性多血症や造血幹細胞移植後の移植片対宿主病の治療薬ルキソリチニブに肝転移を予防する新たな効果を見出しました(図)。
以上より、AMIGO2が肝転移の予防・治療の標的分子となることを見出し、肝転移に実効する既存薬ルキソリチニブを同定しました。薬理学的に初めて肝転移を予防した基礎研究成果をもとに臨床研究への橋渡し研究への展開を期待しています。
図:肝転移に実効する既存薬ルキソリチニブを同定するまでのスクリーニング選別