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AhR欠損マウスはileocecal junction特異的に腫瘍を自然発生する

埼玉県立がんセンター・臨床腫瘍研究所 生田統悟

Togo Ikuta, Hiroaki Kanda
Tumor formation at ileocecal junction associated with interleukin-1β upregulation in aryl hydrocarbon receptor-deficient mouse.
J Biochem Mol Toxicol. 38(6): e23736, 2024, doi: 10.1002/jbt.23736.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/jbt.23736


図) 回盲部粘膜上皮の模式図 Aryl hydrocarbon receptor (AhR)は多様な組織に発現するリガンド依存性転写因子で、細胞の増殖や分化を制御しています。主に毒性学の視点から研究され、ベンツピレンなどの発がん剤と結合し、がんを促進する作用が知られていました。その一方でAhR欠損マウスを使った研究から、このマウスの盲腸にがんが自然発生することがわかり、私たちはAhRのがん抑制作用を提唱しました。このがんの起源を調べるために、マウス腸の形態や組織切片を解析した結果、小腸と大腸の境目に病変ができることがわかりました。組織切片を調べる過程で、「病理形態解析支援」が役に立ちました。

 消化管は胃を出ると小腸があり、大腸を経て肛門まで続いています。小腸の末端が回腸で、その先の盲腸からは大腸の組織になります。AhR欠損マウスの病変は、回腸と盲腸の境界(回盲部)付近にできることがわかっていました。この領域の様子を知るために、正常なマウス回盲部の粘膜上皮の形態を実体顕微鏡で観察しました。回腸には絨毛があり、その形は一様で配列には規則性があるように見えました。一方、盲腸に絨毛はなく、表面には腺管の開口部が並んでいます。そして回腸から盲腸への移行部では、絨毛配列や形状の規則性は失われて乱雑になり、不安定な様子が見られました。AhR欠損マウスの病変が生じる場所はこの位置で、AhRは移行部の不安定性を維持したまま、病態への逸脱を防ぐ機能があると考えています。

 さらに回盲部の組織切片を作り、顕微鏡で観察しました。初期病変を増殖マーカーで免疫染色すると、回盲部上皮細胞全体の増殖が上昇しており、回腸または盲腸どちらか一方の上皮細胞が優勢になるということはありませんでした。以前からAhR欠損マウスの腸では炎症が亢進していること、炎症抑制が腫瘍形成を抑制することがわかっていましたので、回盲部の炎症性サイトカインについて調べました。その結果、IL-1 という物質が腫瘍形成の時期に伴って増えること、また回盲部の盲腸側組織でIL-1 が亢進していることがわかりました。その周辺では上皮の損傷が見られ、組織の修復・再生の過程で上皮細胞の過形成が起こる可能性があります。

 小腸―盲腸のように異なる性質をもつ上皮が連続する組織はtransitional zone と呼ばれ、炎症やがんなどの病態に陥りやすいことが知られています。回盲部もその一つであり、AhRがこの組織の恒常性を維持するために必須の因子であると考えられます。回盲部は炎症性腸疾患の好発部位であり、AhR機能の解明はこのような病気の治療に役立つことが期待されます。

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