熱ショック転写因子HSF5が精子形成の減数分裂の制御に関与するメカニズム
熊本大学発生医学研究所 石黒啓一郎
Yoshimura S#, Shimada R#, Kikuchi K, Kawagoe S, Abe H, Iisaka S, Fujimura S, Yasunaga KI, Usuki S, Tani N, Ohba T, Kondoh E, Saio T, Araki K, Ishiguro KI. (#同等貢献)
Atypical heat shock transcription factor HSF5 is critical for male meiotic prophase under non-stress conditions
Nature Communications 15(1), 2024,3330, DOI:10.1038/s41467-024-47601-0
卵巣や精巣では減数分裂と呼ばれる特殊な細胞分裂が行われて、染色体の数が元の半分になることにより卵子や精子が作り出されます(図1)。卵子や精子形成過程で、減数分裂は雌雄で異なるコントロールが働くことがわかっています。特に精巣では減数分裂が完了すると、引き続いて直ちに精子形成に特徴的な大きな形態変化が生じます。この過程で精子の形態変化に向けて、それまで減数分裂を実行するために活発であった多くの遺伝子の発現が不活性化されます。しかしながら、精子形成に向けた遺伝子の活性化と減数分裂を終結に向かわせるメカニズムの詳細は不明な点が多く残されています。
この研究成果は本研究グループが2020年に公表した減数分裂のスイッチを入れるMEIOSINの発見(図1)に続く続報で、MEIOSINの指令下で働くことが予想される機能未解明の遺伝子の働きの一端を明らかにしたものです。その一つとして見つかったHSF5は、Heat Shock Factor(熱ショック因子)と分類されるタンパク質の一つで、精巣で特異的に発現を示します(図2)。他の類似のHSF1 HSF2 HSF3 HSF4は熱ストレスに応答して働くことが知られていたのですが、HSF5の機能は不明でした。
まずゲノム編集によりマウスのHSF5遺伝子の働きをなくすと、オスの生殖細胞がいったんは減数分裂を始めるものの、途中で死滅して精子がまったく作られず不妊となることが判明しました(図3)。次に、シングルセルRNA-seq法を駆使して、HSF5欠損マウスの精巣を詳細に解析したところ、HSF5が減数分裂の中盤以降の制御に必須の働きをしており、精子形成の活性化に関わる働きがあることを突き止めました(図3)。さらに、ChIP-seq法、Cut&Tag法やゲルシフト法などを駆使したゲノム結合解析の手法を用いて、HSF5が減数分裂の中盤に出現してDNAと直接結合する活性があること、さらに精子形成活性化に役割を果たす多くの遺伝子のプロモーター領域に結合し、減数分裂のプログラムを完了に向かわせると同時に精子形成の指令に働くことを明らかにしました。
HSF5はその名の由来でHeat Shock Factor(熱ショック因子)と分類されるタンパク質の一つですが、従来知られていた熱ショック因子とはまったく異なるメカニズムによりDNAと直接結合する活性を示すことや熱ストレス応答ではなく生殖細胞の発生を制御する働きがあることを明らかにした点においても、学術的には驚きの発見でした。 HSF5は減数分裂の終了プロセスに必須の働きをしており、精子の形成に関わる重要な遺伝子であることから、今後の不妊症の病態解明など生殖医療の進展につながる可能性があります。