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骨格形成に重要な軟骨細胞特異的Sox9遺伝子エンハンサーの同定

大阪大学歯学研究科生化学講座 波多賢二

Ichiyama-Kobayashi S, Hata K*, Wakamori K, Takahata Y, Murakami T, Yamanaka H, Takano H, Yao R, Uzawa N, Nishimura R. Chromatin profiling identifies chondrocyte-specific Sox9 enhancers important for skeletal development. JCI Insight. 2024 Jun 10;9(11):e175486. doi: 10.1172/jci.insight.175486
https://insight.jci.org/articles/view/175486


転写因子Sox9は軟骨細胞分化に必須の転写因子であり、軟骨内骨化による骨格形成において必須的役割を担います。また、ヒトにおけるSOX9遺伝子変異によるハプロ不全は四肢の短縮や長管骨の湾曲を特徴とするCampomeric dysplasia(屈曲肢異形成症)の原因となることが報告されています。そのため、軟骨細胞におけるSox9遺伝子の発現制御機構の解明は、骨格形成の分子機構と骨系統疾患の病態メカニズムの理解において重要です。しかしSox9遺伝子の転写開始点上流には、gene desert と呼ばれるタンパク質をコードする遺伝子を欠くゲノム領域が存在し、ヒトではその長さは2Mbマウスでは1.5Mbにも及ぶことが知られています。また、Sox9の遺伝子発現は軟骨組織のみならず、精巣、グリア細胞、心臓、腎臓さらには膵臓と多くの組織で認められることから、軟骨細胞特異的なSox9遺伝子発現の制御機構については完全な理解に至っていませんでした。

 そこで、まず私たちはマウス初代培養軟骨細胞を用いてオープンクロマチン領域を検出するATAC-seq、エンハンサーの活性の指標となる抗H3K27ac抗体および抗H3K4me2抗体を用いたChIP-seqを行い、遺伝子発現制御に関与するエンハンサー領域の検索を行いました。その結果Sox9遺伝子の転写開始点から-308kb (E308)および-160kb(E160) 離れた遠位に軟骨細胞特異的なエンハンサーを見出すことに成功しました。さらに、先端モデル動物支援プラットフォーム支援の下、2つのエンハンサー領域を同時に欠失させたマウス(E160(Δ/Δ);E308(Δ/Δ))を作製した結果、このマウスは野生型マウスに比較して四肢の短縮および胸郭の矮小化を示すことが明らかとなりました。さらに、(E160(Δ/Δ);E308(Δ/Δ)の軟骨細胞ではSox9とその標的遺伝子である軟骨細胞マーカー遺伝子(Col2a1,Aggrecan)の発現が低下していました。

 本研究により、これまで不明であった軟骨細胞における Sox9 遺伝子の発現制御機構を明らかにするとともに、個体レベルで骨格形成における重要性を明らかにすることができました。同一染色体上に位置する 2つのエンハンサー領域を同時に欠失させたマウスの作製は、非常に高度な技術を要し、多大な労力と時間を必要とする作業であるため、先端モデル動物支援プラットフォームからの支援を賜り大変感謝しております。

 また、近年のゲノムワイド関連解析(GWAS)の発展により、ヒトの疾患や形質に関連する一塩基多型(GWAS-SNP)の多くが、遺伝子本体の翻訳領域ではなく、非翻訳領域に存在するエンハンサー に集積していることが明らかとなっています。そのため、本研究のような細胞・組織特異的エンハンサーの解析と理解は、様々な疾患の病態解明や治療戦略の確立において、重要な基盤となることが期待されます。

図,本研究で明らかとなった軟骨細胞特異的なSox9遺伝子の発現制御機構

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